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結婚直後から始まった元夫からのモラルハラスメントに耐え切れず、7年目に別居を敢行。 2013年2月、調停にて離婚が成立し、8年3ヶ月の結婚生活に終止符を打ちました。
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無我夢中な一日でした

今日は娘の幼稚園の遠足でした

親子遠足ではないものの
役員であるわたくしは、
園児の引率やらトイレへの誘導など
微力ながらお手伝いをさせてもらいました。

fc2blog_201205301853572fa.png


役員になってから知ったのですが、
役員ママさんたちには、遠足のお弁当がサービスで支給されました♩
久しぶりの外食(って言うのか!?)で嬉しい〜


何度も子どもたちをトイレに連れて行って
まっすぐ歩くことができない園児ちゃんたちや
隙あらば脱走しようとする園児ちゃんを捕獲することに
ひたすら汗を流して(笑)
そして、とにかく迷子ちゃんを出さないように!!!と
気を張りつめていたので
園児たちを無事、幼稚園に送りとどけたあとには
どっと疲れを感じた次第。

その後もわたしは濃厚スケジュール。
息子の学校に足を運びまして、
帰りは下校班の子どもたちと一緒に帰ってきました。

最近は暑さやら
運動会の練習の疲れが出ていたりして、
片道40〜45分強の徒歩下校の途中で
ダウンしちゃう子が続出しているのです。

「疲れたー」と道路にねそべってしまう子どもたちを
起こして、励ましながら住宅街まで戻ってくる(笑)


幼稚園の役員にしても
学校のお迎え云々にしても
それなりにエネルギーを求められることではありますが、
学校や幼稚園にこまめに顔を出していると
子どもたちだけじゃなくて、ほかの子どもたちと仲良くなれたり
それからその子どもたちのお母さんたちと仲良くなれたりするんですね(^-^)


お金に換算できるような労働ではありませんが、
無償だからこその(?)
プライスレスの交流があったり
地域のつながりを感じられたりして

そしてこういうささやかな時間を幸せに感じたりするわけです


そうは言っても、実はまだまだ
母の携帯の呼び出し音が鳴ったり
夫所有の車とまったく同じ色の車を見かけたりすると

反射的にドキドキッ
心拍数が上昇してしまうのですが、
今はまだ仕方ないですね。

今日も1日、平和に過ごせたことに感謝です。
たくさん歩いて心地よい疲れを感じているので、
今日は間違いなく爆睡できそうです(^^)

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そうそう。
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特権意識とセカンドアビューズ(二次被害)

勢いにのって、本日3つ目の記事更新です(^^;

1つ目はこちら

2つ目はこちら

以前、誰かから
こんな話を教えてもらったことがありました。


ラブホテルで女性が惨殺される事件が多い理由。

それは、ベッドの上で、女性が男性のセクシュアルな部分
つまり、男としてのプライドを
グサッと傷つけて侮辱するような発言や
態度を取ったときに
起こりやすい類の事件なんだそうです。

男性にとってはセクシュアルな部分ほど
男としてのプライドを傷つけられるものはない、
ということも耳にしたことがあります。


暴力や殺人は
人として絶対に行ってはいけない行為です。

その上で、誤解を恐れずあえて言うならば
自分自身のセクシュアルプライドを
傷つけられるということは

時として、力の強いものが暴力という形で
相手をねじふせてしまう衝動や
引き金になるほどの屈辱感を与られ、
傷つけられるということなのかもしれません。

(もちろん、どんなに自分が怒りを感じても、
 相手を傷つけない人はたくさんいますし
 だからと言って、
 相手を傷つけていいという理由にはなりません)

プライドや心っていうのは
目には見えないし、
そこにつけられた「傷」の大きさは、
例えば転んでできる傷や、あざのように、
目に見えるものではないからこそ、
数値化して計れないものでもあるんですよね。


心の傷も、目に見えたらいいのにね。
どのくらい強く深く傷つけられたかを、
誰が見ても一目瞭然の形で
明確にできたらいいのにね。


話を元に戻します。

「誰にも触れられたくないこと」すなわち
自分が感じている負い目だったり、
気にしていることだったり
弱みだったりを
相手側が、こっそり自分に
カミングアウトしてくれることってありますよね。

それは、
あなたを信用しますという
相手からの意思表示とも受けとれますよね。


そういうときには、

たとえどんなことがあったとしても、
その相手にどんなに腹が立つときがあったとしても、

相手が勇気を出してさらけ出してくれた痛みや
気にしていると打ち明けてくれた姿勢に反して
自分の言い分を正当化するために、
その部分を取り出して指摘するなんてことは
絶対にしてはいけないと思います。


…かくいうわたしは、
自分の心をさらけだして
あんまり人には言いにくいことを
義家族に打ち明けたことがあります。


なぜわざわざそんなことをしたかと言えば、
自分の心をオープンにすることで
相手の心もオープンになって
心と心が深いところでつながり合える。

そういう深い関係になれることを望んだからです。
一言でいえば「仲良くなりたかった」からです。

それはわたしにとって、他人様からは「触れられたくない」
聖域でもあったけれど、
そこを大切に共有してくれる人とは
もっともっと深くて濃い関係が築けると
期待したからでした。

しかし、自分の気持ちを「家族だから」という理由で
軽々しくオープンにしたことを、
今となっては心の底から後悔しています。



「あとあとになって
 こんなふうに言われてしまうと分かっていたら、
 『家族』という言葉に惑わされず
 自分の気持ちをオープンにしないで
 もっともっと警戒していたほうがまだ良かった」と
思ってしまいました。

でも、その時に
言うか言わないかを決めたのは自分ですし
言ったからにはそういうリスクがあったことも
考慮すべき点でしたから

今さら悔やんでも仕方ないことですし、
相手側の特権意識の強弱度を
計ることができるいいきっかけだったと
思うようにして、割り切っていますが…



うーん。
なんていうのかなぁ。

絶対にそうだとは言えないことを
「そうなんだよ」と言われることに
わたしはやるせない思いを抱くのです。


これはいわゆる
「セカンドアビューズ」(二次被害)というらしいです。

レイプされた人が、
レイプされたという一次被害で苦しんだあとに、
「あなたにも落ち度があったんじゃないの」と言われて
次の苦しみが与えられる。
それがセカンドアビューズ(二次被害)と言われていますが、

DVやモラハラ被害も、こうした二次被害が
当事者を本当に苦しめるものなのです。


でも、自分に責任がないことならば、自分は悪くありません!!!

特権意識が強い人たちは、
特権意識をふりかざさないという選択がありながらも
自分の責任のもとに、「ふりかざす」ことを
選択した人たちなのだそうです。

だから、誰に何を言われようと
自分の足りないところに
引け目を感じる必要はないし、
悪いことをしているのは、被害を受けた当事者ではありません。

夫より収入が低いから…
夫より学歴が低いから…
夫よりえらくないから…
夫より弱いから…
夫より育ってきた環境が悲しかったから…
夫より病弱だから…
夫より体力がないから…
夫より年下だから…
夫より年上だから…
夫よりできないから…
夫より能力がないから…


そういった理由を盾にして
相手から責められていいということは
絶対にありません!!!

それは、開き直りとはまた違う世界のことなのです。
しかし、モラハラ&DV加害者は、それを
「開き直り」と解釈するのです。

見てる世界の差異までを、ひとまとめにまぜこんで
執拗に、相手の至らなさに論点をすり替えて攻撃する。
あるいは自分は相手の至らなさによる被害者だと言い張る。

これが、加害者の頭の中の構造です。


それは、特権意識を利用して
相手を責める側に問題があり、
特権意識をふりかざした自分に対して
自分の行動が相手にどのような痛みを与えたかを
感じとり、自分のしたことに対して
誠実に責任を負わなければならない問題に過ぎません。

完璧な人なんてどこにもいないから、
100%完璧な人なんてどこにもいないんです。

相手も自分も、不完全な者同士。
足りないところ、弱みをお互いに侵略せずに
むしろ、お互いがお互いを包み合えるような
そんな関係だったら、本当に理想の家族だったのになって思ったりします


「特権意識」について、考えさせられましたら
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特権意識を考える(2)〜親しき仲こそ礼儀あれ

ちなみに、このように
“ここは俺の家だ“ 発言が飛び出すような心理は、
次のような言葉に置き換えられるそうです。

それはずばり、
「特権意識」

この「特権意識」が夫婦間にある限り、
夫婦関係を対等なものと見るのではなくて
上下関係、主従関係にあると見ることもできるのかもしれません。

↑多かれ少なかれ、
夫婦は完全な対等な関係というよりも、
ある部分ではどっちかが強かったり、
またある部分ではどっちかが弱かったりして
絶妙なところでバランスが取れていると
円満な家庭が築けるのかもしれませんが。

例えば専業主婦だからと言って、一概に立場が弱くなる
奥さんばかりではないでしょうし、
家庭の中のことには妻がかなりのイニシアチブを握っていて
かかあ天下の家庭のほうが、一般的には円満だという話も
聞きますからね。

ちなみにこの特権意識はずばり、
大きなことから小さなことまでさまざまな差異からも
生まれて育っていく意識のようです。

例えば収入、例えば学歴、例えば年齢、
例えば人種、例えば男女の違い…といったように。

そして特権意識が潜在的に強い人ほど
話をしていると、
わたしは何とも思っていなくても
わたしが持っているものとその人が持っていないものを
比較しているようで
その人から、「わたしはまゆさんのように、××じゃないから」
と言われたりすることもありましたが、

え???わたしのことを
そういう物差しで見ていたの?
わたしはそんな目で、あなたのことを見たことは
一度もありませんよ!!!

と言いたくなるような関係性だったりするんですね。

特権意識がなかったら、素直に「尊敬できる」ことだったり
「憧れる」ことだったりするのかもしれませんが
なかなか難しい問題ですね。
劣等感って、誰にもあるものだと思いますし。

ただ、そういう関係性に出会ったときは
わたしの中の特権意識が無自覚に育っていないかどうかを
もう一度、自分自身に問いかけさせてもらうきっかけだったりしています。

誰の心の中にも、多かれ少なかれ
この特権意識はあるかと思います。

だけど、それが分かっていても
あえて心の中にとどめておけるかどうか。

あるいは、相手を攻撃したいときに
罪悪感なく、相手の弱みを攻撃する手段として
特権意識をふりかざしてもいいと
自分で自分に許可を与えてしまうのか。

そうした、本当にちょっとした差異が、
モラハラとかDVとかが起こる、起こらないの違いなのかな。
そこが夫婦関係のトラブルの
「正常」と「異常」の境界線だったりするのかな。

そんなことを考えたりもする今日このごろです。

ちなみに結婚して8年も一緒に一つ屋根の下で
過ごしていけば
夫婦なんてものは、相手の長所ももちろんですが
相手の欠点(と思えること)や
相手が気にしていること
こうだったらいいのに…と思うところが
イヤでも見えてくるものだと思います。

特に相手が気にしていること というのは
すなわち、「人から言われたくないこと」であり

家族だからこそ、その痛みはそっと共有するものであり
その痛みは他方が他方を
絶対に侵してはいけない領域のような気がします。
それは相手のプライドに関わることですからね。

わたしだって、夫が気にしていること
これだけはわたしから言われたくないことだろうなというのは、
1つや2つ、見えておりますし知っています。

だからこそ、絶対にそこは突つかない。
そこはあえて触れないで、徹底的にそっと蓋をしておく。

それが夫婦の礼儀だと思うのです。
家族の礼儀だと思うのです。


「親しき仲こそ礼儀あれ」ですね。

そこに愛があるのなら、
愛は人を傷つけないという言葉を
思い出しました。


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ここは“俺の家だ” 〜特権意識を考える(1)

最近は気候の良い日が多くて、めっきり公園日和(^-^)v

子どもたちを公園に連れて行くために
住宅街をぷらぷらとうろついております。

「いいなぁ、こんな戸建てって素敵★」
「いつかわたしも、こんな家で暮らしたいわ♩」
などと妄想が膨らんでいるわけですが、

そのときに、それぞれのお家の表札が、
無意識に目に飛び込んできます。

中には表札のプレートがお洒落〜なお家がありますし、
へぇ!!!こんな素材のプレートって斬新!と思ったり。

そして何よりも、表札からどんな人が住んでいるのか、
なんとなく推測がついたりするんですよね。


例えば草書体で苗字の表札が出ているお家は、
世帯主が年配の方なのかなーと思ったり。

家族全員が表札に名前を連ねているお家もあり。

はたまた、鈴木さん宅だとしたら、
「SUZUKI」とローマ字の表札が出ていれば、
比較的若いファミリー世代が住んでいるのかな?

なんてことを、思っちゃったりするわけです。


それでですね。
最近まで気にしてなかったんですが、
見ていると、なんだか妙に
嫌な思い出がよみがえってくるような…。
そんな表札があることに、気づいたんです。


それはですね。

表札に、上から下まで
世帯主の名前だけが
フルネームでどどーんとのっているお家。
(和風の戸建てに多い)

「山田一郎」
「鈴木次郎」
「斉藤三郎」

といった具合にです。

しかしどう見ても、このお家は
山田一郎ないし
鈴木次郎ないし
斉藤三郎さんが一人で住んでいる気配はない。

むしろ奥様がいて、巣立ったかもしれない
子どもたちがいた名残があって
今もファミリーで住んでいるかもしれません。

これは
世代の感覚の違いがあるようにも思いますが

なんとなく、
「ここは“俺の家だ“!」
と表札が腕組みをして構えているように思えてしまうのは
わたしがひねくれているから…かな(苦笑)

というのも、夫くんからは
ことあるごとに、
「ここは“俺の家だ“!」というセリフを連発されていた、という
思い出がよみがえってくるからです。


新築で購入して4年ほど住んでいたマンションでも
「ここは俺の家だ!」と言いましたし、
夫の親名義だった一室のマンションを
借りて住んでいたときにも、
同じように「ここは俺の家だ!」と言っておりました(^^;


確かに購入したマンションは、
夫の親からの資金援助&夫の給料で
購入した物ではありますし、
わたしの親からの援助は一円もありませんでした。

でも、仮にわたしの親の援助があって
なおかつわたしの収入があったことによってのみ
「俺の家だ」と言われないに過ぎないのだとしたら

仮に「俺の家」と言われなくても
こんな関係って、なんだかな〜と思うし

また、実際にわたしが専業主婦で
わたしの親からの資金援助がなく買ったけれど

夫が仕事に専念できる状態で
夫からの要望であった
「小さいうちは子育てに専念してもらいたい」
という形をわたしも受け入れて、専業主婦でいたのですから
この発言は反則じゃない?と思うことも。


「わたしや子どもたちも住んでいる家」なのに、
それを「俺の家」と言い放ってしまうというのは、
わたしだけではなくて、
きっと子どもたちも物心をついたら
複雑な気持ちを抱く発言でしょうし、
なんだかさみしいな〜と思いました。
今もそう思います。

まぁ、それだけに
家を出るときには
「ここはあなたの家なのね」と、すっぱり割り切れたという
本来なら要らぬ恩恵もありましたけどね(^^;


長くなるので続きます

続きを待ってるよーと思っていただけましたら
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小鳥のさえずり、小川のせせらぎ(書き直しました)

*この記事は、最初に書き上げたものがあるのですが
おいおい読み返してみたら、「ちょっと主観が強すぎるのかな」と
思う節がありましたので、書き直してみました。



あれは確か、去年の初秋くらいかな。
夫くんが、時代の流れに乗ってスマホを購入しました。

ちょうど時期を同じくして、息子が「競馬」に興味を持ち始めました。


夫くんのスマホで、無料で遊べる競馬のアプリをインストールした模様。
そのアプリは、自分で馬に名前をつけて餌をやり、育成したあと
レースに出して勝敗を競う。
そんな感じのゲームアプリでした。

わたしはというと…


これはあくまでも、わたしの価値観ですよ。


子どもにスマホを触らせたら、ゲーム感覚で手放さなくなってしまいそう。
そんなことを危惧していましたし、
また、スマホはあくまでも大人の携帯であって
いつでも子どもが手の届くおもちゃには、したくなかったのです。

きちんと使用時間を決めて、子どもと約束して
遊ばせることができる親御さんだったら、
お互いに決めたルールの中で遊ぶっていうのもありだと思うのですが、
正直なところ、わたしは、
「もっと遊びたい!」とごねられて、わーわー言われるのを
想像しただけでゲンナリする自分が想像できましたので、
スマホは使わせない。遊ばせない。

というのが、my ルールでした。

それから、競馬というものに対して、「ギャンブル」だという認識があるので
いくらこれは「単なる馬のゲームだから」
「本当に賭け事をしているわけではないから」と言われていても、
やっぱり「ギャンブル」というイメージは拭えなかった次第。


だから、息子がスマホで競馬ゲームにはまり出したとき、
夫には「わたしは反対」と言いました。

だけどね。
なんなんだろうなぁ。

わたしの夫くん、かなりのツワモノでしてね。
わたしの言い分は、ほとんど抹殺(爆)

車の事故(詳しくはこちら→
に関しても、あれほど「怖いからやめて」と
訴えていても、事故につながりましたからね。

きっとわたしが「競馬ゲームはやめて」と言ったことも、
夫くんにとっては、「小鳥のさえずり」
あるいは「小川のせせらぎ」レベルの
自然界で流れているメロディくらいにしか、
聞こえていなかったようです。

わたしの中でも、これまでのいろいろなエピソードをイヤでも思い出せば
「どうせ口うるさく言っても聞いてもらえない」という
無力感は常につきまとって拭えませんでしたから、

「あぁ、やっぱりわたしの意見は右から左に聞き流されてる…」と思って、
またまた無力感がアップ

どうして言えなくなっちゃうんだろう?
どうして無力感に襲われてしまうんだろう?

最近まで、自分でも全然分かりませんでした。

そうして、いつしか夫くんと息子は、
男同士の世界(→競馬)に没頭しておりました。

夫が会社から帰ってくると、暗黙の了解で息子にスマホを手渡す。
息子、スマホを見ながら夫と楽しそうに会話。

夫:「今日はパパが会社に行く途中で、餌をやっておいたよ」
子:「勝ったの?早かった?」
夫:「いやー、あともう少しのところでダメだった」
子:「そろそろ引退させる?」
夫:「○○(息子)は、いつも勝手に引退させてるだろう!
せっかくパパが育てた馬を、引退させちゃったらダメじゃないか!」

…この二人の会話に
全くついていけないのは、わたしと娘。
これが男同士の連帯感なの!?

挙げ句の果てには
「パパのスマホはもう電池がないから、
ママのスマホを借りて、続きをやってよ」と言い出す夫(苦笑)

「ママのスマホは、子どもが遊べるゲームはないから、できないよ!!!」
と、断固としてゆずりませんでした。



そのうち、息子は次第に競馬にも興味を持ち出して
土日になると、夫が息子の興味に上乗せすべく、競馬番組を子どもに見せる(爆)

外出先でも、レースの時間になると、車の中でテレビをつけて
競馬のレースを見ながらのお出かけ。

「そこまでして見せなくてもいいんじゃない?」と
わたしが後部座席から苦言を呈しても、
わたしの苦言は夫くんにとっては
小鳥のさえずりだったようです…

無力感倍増(涙)

そのうちに、息子くんは次から次へと馬の名前を覚えてしまいました。

「オルフェーブル」
「アパパネ」
「カレンちゃん」
「アイムユアーズ」
「ローズキングダム」
「ミッドサマーフェア」
「ダークシャドウ」
「エアロケット」 エトセトラ エトセトラ…

↑今、息子に「知ってる馬の名前は?」と質問したら
即答したのがこのお馬さんたち。


夫くんの言い分はこうでした。
「俺たちは、お金をかけて楽しんでいるわけじゃない」
「純粋に、馬が走っているところを見るのが楽しいだけだ」

わたしとしては、
幼稚園の年長児(当時)に、何もわざわざ競馬を教えなくても…
子どもらしい世界を、もっと見せてあげていればいいんじゃないかな…と
思ってはいましたが、それ以上のことを夫に言えなくさせていたのは
言うまでもなく、夫とわたしの夫婦の関係性でした。

あんまり口うるさく言うと、競馬とは全く関係のないところで
二倍返し、三倍返しでケチをつけられたり、
家事の出来てないところを徹底的に指摘されたり。

そういう報復が待っていることを、
この8年でイヤというほど学習してきたため、

「夫が決めることには口出しできない…」と思ってしまったのでした。

しかし。。。
次第に、このまま見逃していいの?と思う展開に向かいます。

学校の授業参観のときの自己紹介で
「将来の夢・ぼくはジョッキーになることです」
「大好きな馬は、オルフェーブルです」
と発言した息子くん(汗)

「パパと前のお家に泊まりしたときには
 パパと一緒にけいばじょうに行きました」

まぁ、ここまでは許容範囲?

さらには、馬の名前に異様なほど詳しくて
息子にとってはそのことがアタマの大半を占めているので
必然的に、お友達との会話も馬の話ばかり(爆)

当然ですが、小学1年生やそこらで
息子と同じくらいに競馬に出てくる馬の名前に
詳しい子なんて、そうそうお目にかかれません。

そういうわけで、下校班で息子たちを引き連れて
家まで帰ってくるときの子どもたちの様子を見ていても、
息子があまりにも馬の話をするものだから、
ほかの子たちは、話題についていけないのですね。


さすがにこれはちょっと…どうなのかなぁ。

馬の前は、カブトムシとクワガタムシに
興味を持っていて、
世界のカブトムシとクワガタムシの名前を
マニアックなレベルまで覚えてこんでいた息子でしたが

カブトムシやクワガタの名前を覚えこむことは
感心感心と思えても、
馬の名前を覚え尽くしていくことに、
同じような感覚を持てないのは、わたしのアタマが固いから???

そういうわけで、別居して
今は夫との接触を控えるようにとドクター指示が出た今になったら

家事の至らなさや自分の不完全さを責められて
あとあと二倍返しで報復される怖さを感じなくなったので
夫にはっきり自分の意見を言うことができたのでした。

息子の“KEIBA熱”を、
同じ馬は馬でも
違う方向に切り替えて行けたらと思って
促していきたい、と。


たとえば伝統行事である「流鏑馬(やぶさめ)」を見せに行く。
あるいは、「乗馬」体験させる。
馬のお医者さん(獣医)を目指させる(爆)
牧場に行って、馬とふれあう。

こんな感じで、あまりにも競馬に傾倒してきた
息子のアタマを、
もうちょっと子どもらしい楽しみ、
今しか遊べない楽しみ、
皆と楽しめる遊びに
関心を向かせていくことも必要なんじゃないかなと思う次第です。

別居するまでは、子育てのイニシアチブも
夫が完全に握っておりました。

でも別居したことで、
今はわたしが子育てのイニシアチブを持てるようになってきているので
その分、責任も重く感じますが
自分で考えて自分なりに動けるという解放感を
味わっている次第です。


夫くんのことをフォローするならば、
彼は競馬だけじゃなくて、公園でサッカーをしたりといった
健全な?遊びも教えてくれておりました。

ただね。
競馬(ギャンブル)の世界にのめり込ませるのだけは、
抵抗を感じなくもないんですね。

お金を賭けてはいないなら、
ほどほどなら許容範囲なのかな。

「度合い」の問題かな。
ほどほどだったらいいのかな。

毎日のように、子どもが寝るまで
スマホで競馬ゲームっていうのは、
わたしなら、けっこう抵抗を感じるかな。
(あくまでもわたしなら、ね)


でも、この記事でいちばんわたしが発信したいこと。
それは、競馬の是非を問うことではありません。

夫婦とは言ってももともとは他人同士。
価値観の違いは必ず、ほぼ100%どの夫婦にも
あるんじゃないかなと思います。

と同時に、埋めていける価値観もあれば、
埋めることはできなくても、共存させていく価値観もあるだろうし
どうしても譲れないフィーリングっていうのも
あるのだと思います。

それと同時に
相手の考えを聞いているうちに、なるほどそういう考えもあるなと思って
自分の価値観を軌道修正させることもあると思います。

何が言いたいかと言いますと
「わたしはこう思うんだ」「こう感じるんだ」ということを
夫に訴えたときに
完全無視されてしまったり、
聞いてないふりをされてしまったり、
あるいは冷笑されてしまったり。

そういう関係っていうのは
なんだか寂しいなぁって感じていたのでした。

それで、夫の価値観あるいは
妻の価値観だけが
絶対王政みたいにまかり通ってしまう
また、それが許容されてしまう
そういう夫婦の関係は、どうなのかなぁと思ったりもします。


それにしても不思議です。
一緒に暮らしていたときには、自分のフィーリングなんて
なくなっていたに等しい状態でした。

いつも、わたしの神経は「夫の機嫌を損ねないようにする」
ただその一点に、張り巡らされていて
夫の表情を常にチラチラうかがって
夫の態度や漂っている空気を敏感に察知して
夫が怒らないように、報復されないように
これ以上、自分が傷つきたくない一心で、ひたすら「守りに入る」

そんなことに多大なエネルギーを使っていた
8年の結婚生活だったと思います。

そういうことにエネルギーを使い過ぎてしまうなら

お金なんて、生きて行く上で最低限あればいい。
もっとのびのびと穏やかに生きていきたい。

そう思ったのでした。



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夫の二面性

結婚したあと、「あれ?」と戸惑ったことを
思い出したので書いてみようと思います。


それは、夫の“二面性”について。

職場にいる夫の姿というものを
わたしは見たことがありませんが、
夫いわく、要領よくソツなく仕事をこなしていて
上司からの評価も高いとのこと。

わたしが想像するには、有能な社員なんだろうなと思います。

そんな夫の社会的立場を危うくするものがあるとしたら…
それは、わたしという存在なのだと言われたことがありました。

まぁ、その話はまた後日、書いてみようかと思います。

勤務先での夫の評価は、実際に見たことがないので
分かりませんが、仕事ができる社員なのだと信じてます。

そしてですね。
あれ?と思ったこと。
それは、「家族」の前で見せる夫のイメージのギャップでした。

「家族」というのは、
夫とわたし、子どもたちの中で見せる夫に対してわたしが持つイメージ。

それから、夫が生まれ育った家族の中にいるときの
夫の振る舞い方や存在感などから、わたしが持つイメージ。

このイメージに、大きな隔たりがあるなと感じたのです。


簡単に書いてしまうと、
夫とわたしが築いた家族の中での夫。
その中での彼のイメージは、「お殿さま」です。

一時期のわたしは、「おまえ」と呼ばれたあかつきには
「お殿さま」と呼び返そうかと思ったことがありましたが。
(実際にはそうしませんでした)

ちなみに現在6歳の息子は、
いつだったか、夫のことを、「いばりづよい」と表現していたことがありました(爆)
なんて新鮮な日本語!!!と感動している…場合ではない(-_-)

対わたしには、下の名前で呼ばれたことなど
結婚してから一度もありません(爆)

「ぽっぽちゃん」(わたしの名前とは全く関係ない)とか、
「あなた」 とか、
喧嘩したり不満があるときには 「おまえ」
というように、名前で呼ばれたことは皆無でした。

去年の今頃、「名前をなくした女神」というドラマが
放送されていましたね。
そのタイトルを目にした時に、
「わたしなんて、結婚当初から名前がなかったぞ?」と思いました(苦笑)


けれど、わたしの親、それから夫の親の前など
対外的なところでは、わたしの下の名前を堂々と呼び捨てにする。

外ではわたしを呼び捨てにできるなら、
家の中でも、わたしのことを名前で呼んでほしいなーって
それが結婚当初のわたしのささやかな期待でした(^^;

「まゆちゃん」って呼ばれたことなんて
一度もなかったなぁ。

「まゆぽっぽ」くらいはあったのですが、そのうちに
「まゆ」が抜け落ちて、「ぽっぽちゃん」そのうち、「ぽっぽさん」
なんだかだんだん、関係性が薄くなってません…?

そして最後には「ぽっぽ」というお茶目な?ネーミングすら消失して
「あなた」か「おまえ」のどちらかを行き来していました。

あ。ネーミングでスペースを割いている場合ではないな。
話を戻します。

自分が新しく築いた家族の中では「お殿さま」の夫くん。

わたしの家事のやり方には細かく干渉して
自分のやり方を押し付けてくるし
子どもたちの前でわたしがいかに至らなく
家事子育てのスキルが低いかを
子どもたちの前でも堂々と批判して

わたしの人間性や人格までを否定して
お説教して指導してくれていた夫くん。

それと同時に
夫にとっての家族の中での女性…
つまり、夫の母親や夫の女きょうだいに対しては
非常に辛辣で冷徹な表現を用いて、
彼女たちがどんな人間であるかをわたしに説明していました。

彼女たちの名誉に関わることなので、あえてここでは言及しません。
でも、こんなことを自分が外で言われていたら、絶対に悲しいなぁと思うような
そんなことを、淡々と静かに語るものですから、
「えーーー?」と思ってしまいました。


でも、それはあくまでも「夫の感じ方」であって、
わたしの感じ方ではなかったので
あまり気にしないようには心がけていましたが…

夫にとっての女家族がどういう位置づけにあるのかを、
夫の語る言葉からイメージしていたわたしは、
実際に義母や女きょうだいとお会いしたときに、
「夫が語っていたイメージとは全然違う!」と思ったものです。


さらには、夫の実家に行ったときや
夫の両親と一緒に過ごしているときの夫の振る舞い方。
そのギャップには、同一人物だとは思えなくて、びっくりした記憶があります。

というのも、辛辣に表現している家族の前では、
びっくりするほど「無口」でした。

実際に家族を前にしたときに、どんな態度で接しているのかと思いきや
存在を消してしまったかのように、黙っている夫くん。

わたしが見ている「夫」が、別人のようにすら思えました。

そして、自分のことを話すのは必要最低限

そんなイメージを持ちました。

さらには、わたしの前では義父のことを「おやじ」と呼ぶ夫。
しかし、実際にお義父さんを前にして「おやじ」と呼ぶのかと思いきや
意外にも「お父さん」と呼んでおりました。あれ?あれ?あれれ???


さらには、かなり従順で素直な息子の様子。
わたしの前では、そういう姿を見せてくれて
ダークな部分は見せないように気を遣ってくれていたのかもしれませんが、

今の夫は果たしてわたしという妻を
家族や対外的に、どういう女だと話しているのでしょうか。

結婚当初、
わたしに自分の母親のこと、それから女きょうだいのことを
話していたように
かなりぼろくそに言われていて
そして夫にとってはわたしが加害者であり
自分は被害者だということを
アピールしているのかもしれません。

夫からどう思われても、今はもう動じないわたしですが

今になってみると
わたしのいないところで
特に、子どもたちの前では
わたしのことを酷評していたということは
息子の口から語られたので、
なんとなーく何を言っていたのかは想像がついてしまうわたしです。

だいたいが、わたしに対してダイレクトに発していた苦言をそのまま、
母親像として子どもたちには伝えていたのかもしれません。
そうでないことを祈りますが

時々息子が、「あのときパパはママのことこう言ってたよ」と
教えてくれたりしますし

夫の発言って、なぜかグサッとわたしの罪悪感や劣等感を
刺激するものですから

「わたしは夫が言うような人間なのか…」と
悶絶したことも一度ではありません。

今もわたしの胸に突き刺さったまま言葉を残しておきます。

「もしもおまえの中に一滴でも赤い血が流れているならば
 改心すると誓えるか?
 生まれ変わりますと、ここで宣言できるか?」


アンビリーバボー






だ、旦那さん、そこまで言っちゃうの!!!と思っていただけましたら
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気分転換で楽しい一日

今日は、娘の幼稚園のクラス役員の集まりがあり
近所に住んでいる役員ママのお家に、
子どもたちを連れて遊びに行ってきました★


ママたちが集合したのは、午前10時。
まずは、来月に企画されている茶話会のパンフレット作り。
子どもたちは4人で好きなように遊んでいたので、
わたしたちは、パソコンを立ち上げながら、
あーだのこーだのと案を出し合いながら
2時間くらいかけて、ようやく完成しました〜。

その後、持ち寄りのお昼を食べながら
ママ3人でおしゃべりタイム。

子どもたちは乱入してきたり、
そうかと思うと庭に出て遊んでみたり
あちこちを荒らしまくったり(汗)

バタバタしていたけれど、
子どもは子ども同士で遊ぶのがすごく楽しそう

お昼を食べ終えたあとは、
茶話会の内容や当日の司会進行について話し合ったりして
今日のところはこれでお開き〜。

帰りは、もう一人のママが車で家まで送ってくれて
帰宅した子どもたちは、ただいま爆睡してます。

汗だくになりながら、けらけら笑って楽しそうだったから
充実した1日を過ごせたことでしょう(^-^)



あ、茶話会当日はわたくし、司会進行やります(笑)

そんなこんなで、普段は幼稚園ママたちとなかなか
接点ができない中で
こうして役員という与えられた役割を通して、
いろんな人とつながって、いろんな人と関わっていけることを
本当に嬉しく思います(*^-^*)

子どもたちも本当に楽しそうだったし
わたしも楽しかったよー。

子どもたちにも、そしてわたしにも、
今日のような時間って、すっごく大切だなって思いました。


どうかこれからも、穏やかな週末を。

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*余談ですが、最近アロマが気になっています。
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Sexual sadness (2)

先ほどの記事の続きです。


今振り返ってみても、正直、胸がズキズキ痛む記憶です。
きっとこのズキズキは、この先もまだしばらくは、
消えない思い出として残るんだろうなと思います。

よろしかったらどうぞ。

続きを読む

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Sexual sadness (1)

セクシャルなことについての記事は
極力控えておりますが、
夫婦の関係においては、とても大切なことです。

出来る限りオブラートに包みながら
ぼやかした表現でのみ、残しておこうと思います。

読んでもいいよという方は、どうぞ。





続きを読む

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いつからそれは、始まっていたか

DVって、家庭という密室の中で起こるものだけに
問題がなかなか表面化しないという難しさが潜んでいます。

でもね。
わたしの場合、結婚生活をずっと振り返ってみたときに
新婚早々に、既に表面化していたことがあったんです。

“精神的暴力”に該当するんですけどね。

上の子がおなかの中にいた頃に、学生時代の親友夫妻を
我が家に招待したことがあったのです。

招待といっても、たいしたおもてなしは
できなくて(苦笑)

わたしが親友夫妻にもてなしたものは


宅配ピザ&簡単サラダ&ドリンク(爆)


手抜きしちゃってごめんなさいねぇ。

でも、お互いに気を遣い合うのは辞めようねって
話していたから、
「宅配ピザにするね」「うん!」と、
双方が納得した上でのおもてなしだったんだよね。


友達夫婦とピザを食べながら、楽しい話に
花を咲かせていたときに、外出先から帰宅してきた夫くん。

テーブルの上に並んでいるピザ&サラダを見たときに
友達夫妻のいる前で、わたしに向かってこうおっしゃいました。

「なんだ、こんなものしか出せないなんて
 失礼じゃないか!」



言われてみれば、そんな気もする


しかし心優しい友達とそのご主人は、
「いやいや、ごちそうですって!十分ですって!!!」
と、わたしのことをフォローしてくださいました


なんだかわたし、いたたまれなくなってきまして。

友達夫婦にも、
「変な気を遣わせてごめんね!!!」
っていう気分でございました。

その節は、至らないおもてなしにも関わらず
フォローしてくれてありがとう(T-T)


夫の気持ちも分からないでもないけどさ。

つわりで胸がムカムカしてる時には
やっぱりね、自分で作っておもてなしするってのは
けっこうハードル高かったんだよねぇ。


そんな感じで、
こういうふうに、「人前でののしる」「バカにする」という言動もまた
立派なDVに該当するのだそうです。


いつからこうした言葉の暴力が始まっていたかと言ったら
もうさかのぼっていけば、新婚当初からだったっていうことになりますね。


わたしはずっと、「自分が至らないからだ」と思って
そんな至らない自分を改善しようと頑張ってきたんだけど

「これって、絶対おかしい」
と言えるまでに、8年もかかってしまいました。

あぁ・・・鈍い自分が本当に残念!


↓失ってきたものを、これから取り戻そうよと励ましてください(苦笑)
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ふわふわ言葉とちくちく言葉

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【短歌】
「権利」など 現実的には無力にて
   どんなことばが我を守れる   by まゆ




息子の学校に
こんなポスターがありました。
(デジカメで撮影すると画像がデカっ…)

ふわふわ言葉
 「すごいね」「あそぼうよ」「がんばったね」
 「よかったね」「ありがとう」

ちくちく言葉
 「バカじゃない」「あそばないよ」「へただね」


そしてその次にはこんなフレーズが。
「一人一人の人権を大切に」

・・・人権かぁ。
人が生きるための権利っていうことだよね。


こんなポスター1枚でも、今のわたしには
過去の出来事を彷彿とさせられてしまいます。

「すごいね」→「自慢したいの?」
「がんばったね」→「出来て当たり前」
「よかったね」→「ふーん」
「ありがとう」→「お前が言え!」

↑一事が万事、こんな言葉をもらっていたなぁ・・・と。

わたしは夫から、よく叱られました。

「感謝の言葉や態度が足りない」


褒めてもらったこと
認めてもらったこと
お礼を言われたこと
感謝されたこと

わたしは夫から、どれだけあったのかなぁ。

と同時に、「ちくちく言葉」を見ていたら
いろんな記憶がよみがえる、よみがえる…

「バカじゃない」=「お前、アタマおかしーぜ」「お前何様なんだよ」
「へただね」=「俺がやったほうがうまく出来るから、お前はやらなくていい」

週末の掃除は、主に夫が先陣切って
動いておりました。

わたしが掃除機をかけようとすると、

「いいから、お前がやるとホコリが残っているから
 ほかのことをやってくれ」


わたしが夫のワイシャツにアイロンをかけたあとには

「俺がやったほうがきれいに仕上がる」
「洗濯機についてるホコリがシャツに付いたままなのが
 見えないわけ?こういうところに意識が向かないのが許せない」



さらに家事全般については

「俺が専業主夫になったほうが よっぽど家の中が片付く。
 もっとアタマ使って要領よくやれよ。
 俺に文句を言われて悔しいんだったら、
 俺が専業主夫やるから、家の中のことやらなくていいよ。
 そのかわり、俺が稼いでくるのと同じレベルの
 生活収入が得られるなら、っていう話だけどね」


わたし:「そんなの無理よ。妊娠中からのブランクがあるもの。
 年齢だって違うわけだし」

夫:「やる気があるなら、新聞配達をしたあとに
 仕事に行けるだろう」



わたしはたとえどんなに喧嘩をしても、
夫の人格を否定するような言葉を
使ったことはありませんでした。

どこかのサイトを見ていたら、
言葉の暴力を使う人の傾向として、
それらの暴言がたどり着くところは つまるところ、
暴言を吐いている人そのもの
つまり、自己紹介なんだそうです(苦笑)


「アタマ悪いね」「てめー、何様なんだよ」
「もっとアタマ使えよ」「こんなこともできないのか」

↑これらはすべて、投げかけた人自身のことを
言い表しているに過ぎないんだって。

・・・なんだか聞いてて悲しくなるね。

言葉を変換するように、夫に訴えたこともあったよな。

「そういう言われ方をすると傷つくから
 言葉を選んで。
 わたしのことを主語にして攻撃的に話すのではなくて、
 自分はこう思っている という話し方をして」

(アサーティブネス」というコミュニケーションがあります)参考までに↓

気持ちが伝わる話しかた―自分も相手も心地いいアサーティブな表現術

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例を挙げるならこんな感じかな!?

「(お前は You can't)なんでこんなこともできないんだよ!」
             ↓↓↓
俺は (I feel ・・・)こういうふうにしてくれたら助かるな」
俺は (I think・・・) こういうやり方がいいと思うんだけど、どうかな」

同じいらだちでも、こういう表現に変えてくれたら
わたしも素直に聞けるんだけど、
攻撃的な言葉からは、心が傷つかないように
耳を塞ぎたくなってしまうのだ。


挙げ句の果てには、こんなことも言われたました。

「ここは俺の家だ!」

「離婚してやる!離婚だ!離婚!」



「俺の家」なのかぁ。
「俺たちの家」じゃ、ないんだぁ。

「わたしや子どもたちにとっての家ではない」と
解釈することもできるかな。

そして「離婚だ!」と言われたあの瞬間。


「ここは俺の家」で、なおかつ「離婚だ!」と言われるならば、
夫が投げてきた言葉と思いは、尊重しようと思いました。

夫の言い方をもっともだ
そしてまた、こういう言葉を口に出来る人を擁護する人がいるのなら、

その人たちもまた、自分の思いを伝えるためには、
こういう言葉を使っても良いと認めている人たちなのだと
解釈することにしました。



7~8割で揺れていた気持ちが
一気に98%くらい、「この人とは無理だ」という思いに固まったのは
これら、3月11日に言われた言葉でした。

ちょうど今日から2ヶ月前だね。


同じく小学校には、この本も置かれていました。

わたしのせいじゃない―せきにんについて (あなたへ)

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【短歌】
  言い訳を すればするほど傷つける
   そんな言葉は 我が背を向け  by まゆ



「わたしのせいじゃない」
「あなたが悪いのよ」

自分の身を守るために
つまり保身のために、人を傷つけるような言葉を
安易に使えるような人と、わたしは関わりたくないなぁ。

ちくちく言葉は、目に見えにくいけど傷になる。

たとえ一針一針の傷は小さくて、縫い目はどれほど細く短くても
そこは必ず穴となり ふさがることはないかもしれない。

ふわふわ言葉は、やっぱり目には見えなくて
だけど心が風船みたいにぽんぽんはずむ。

穴のあかない風船は、いつまでだって
はずみ続けることができる。

そんな風船だって、小さな針で一突きすれば
あっという間にパンと割れちゃう。


わたしはこれから、どれだけのふわふわ言葉を
持てるだろうか。

ちくちく言葉を使うことなく、生きていけるだろうか。

自分の心を、身近な人たちの心を
どれだけふわふわにすることができるだろうか。

どれだけ傷つけずに生きていくことができるだろうか。

人の気持ちを明るくできる言葉を どれだけ自分の中に持てるだろうか。

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状態良好


最近のわたし、非常に穏やかに
日々を過ごせているような気がします(^-^)

あんなにきつかった発作も
地元に戻ってきてから
一度も起きていませんし、

おなかがすいて、腸が動く感覚が
自分でもよく分かる(笑)

去年1年間で8キロ痩せたわたしですが(爆)
2キロ戻りました★

そして、自分でも実感できる
「いい状態だな」って思えること。

それは・・・よく眠れること(笑)

子どもたちが学校やら幼稚園から
帰ってきたあと

子どもたちと共々、よく昼寝してます

今日もやっぱり、ばっちり昼寝しちゃったんですが
わたし、自分でも寝入りばなに寝言を言ってるのが
分かりました(笑)

眠くなってすやすや眠れる♩
ご飯をおいしく食べられる♩

当たり前だった感覚がもう一度戻ってきた!
それはわたしにとって
本当に嬉しい体感だったりするわけです。

それに、以前のように

必要以上に自分を責めて落ち込んだり

自分のフィーリングが自分でもわからなくなって
他人に自分の思いを伝えられないジレンマも
全くなくなって

今は軸足がぶれることなく
自信を持って、自分の思いをちゃんと主張できる。


もっと何かを頑張らなくちゃと思ったり
必要以上に自分を変えようと思わなかったり
そして焦燥にかられて行動に移したり・・・

そういうことがなくなりました

結婚してからのこの8年間の自分を振り返ってみると
なんだかとにかく自分に自信がなくて
なんだか情緒不安定で
些細なことに対して過剰に反応して
落ち込んだり怒ったり、涙ぐんだり

いろいろ いろいろ忙しかったわけですが(苦笑)

今は、青空の下の水面に浮かぶボートに寝そべって
ぷかぷかしながら
青い空を眺めてる…

現実的じゃないけど、そんな感じで穏やかです


誰の言うことが真実なのか
誰を信用したらいいのか
自分のフィーリングすら信じられなくなった
分からなくなりかけた
そんな時期もあったけれど

今のわたしは「安心」に包まれてるような
気がします。
何かに守られているような気がします

それだから
子どもたちを通して知り合ったご近所の
ママ友達の温かさ、優しさ
そしてさりげない気配りが
本当に本当にうれしくて

わたしも誰かが困っていたら
困っている人に寄り添えるような
その人が必要としていることを
提供できるような
そんな人になりたいなー






そうそう。
←プロフィール欄を、
FC2プロフというやつにしてみました。

輪郭とか、髪型とか
いろいろ選べるんだけど・・・

わたしって、特徴がないことが特徴な顔なのかしら。
どう頑張っても
わたしに似てない(-_-)
わたしに近づかない(-_-)


リアルなわたしをご存知の方、
どなたかFC2アバターにて
わたしに似たものを作ってくださいませんかね(爆)



子どもたちが新しい環境に慣れてきたら
仕事したいなぁー。
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